耐震補強工事のために管理組合が住戸を買い上げ、コミュニティルームとして活用!
建物の耐震強度不足に対応する補強工事は、大規模修繕工事を実施する以上に大変な事業となります。診断をするところから始めて、どんな工事をすればいいのか、どこに発注するか、予算は、施工会社は、など決めなければならないことがたくさんあります。そんななか、耐震補強工事により専有面積が狭くなってしまう工事計画が出たことをチャンスに変え、コミュニティルームまで設けたマンションがあります。
偶然のきっかけから耐震診断を実施
1979年に竣工した「ワコー王子マンション」は、JR王子駅を最寄りとする総戸数173戸のマンションです。意識の高い理事たちが中心となって「五役会」を立ち上げ、後に修繕委員会となって大規模修繕や修繕積立金の値上げなどに取り組んできた様子は、以前にご紹介しました。管理体制を整え、会計・事務と建物の修繕はそれぞれ別の管理会社に委託し、それぞれにコンサルタントをつけて、修繕委員会が理事会に答申する形で管理組合の意思決定をしているマンションです。
さて、そんなマンションも築40年を間近にして、修繕委員会では耐震性についても検討を始めていました。2011年に北区の助成金を利用して簡易版の耐震診断を行っていましたが、その結果は基準値以下。耐震補強工事の必要に迫られていました。しかし、工事の予算や補強の仕様による美観の問題があるほか、大きな問題は、構造図面がなかったのです。まずはきちんとした耐震診断をしてもらう必要がありました。
検討しているなかで、偶然にもNTTから屋上に基地局をつくらせてほしいとの打診があり、「構造計算を行うこと」を条件に承諾。コンサルである一級建築士立会いのもと、耐震強度を算出のうえ、耐震補強計画の提案を受けました。結果、601と701号室の2つの住戸の壁や柱と、階段の壁などを補強すれば、新耐震基準と同等の耐震性を得られることがわかったのです。
耐震補強が必要な住戸を買い取る、という発想
しかし、2住戸の壁と柱を補強すればいい、とはいっても、そこは当然部屋内に影響が出ます。両側の壁を補強すれば、20cmくらいずつ部屋が狭くなってしまううえ、工事中はどこかに移ってもらう必要も出てくるし、その部屋の居住者は納得しないでしょう。601号室は所有者が住んでおり、701号室は所有者が逝去したことで空室となっていました。修繕委員会では、空室となっている701号室を「管理組合が買い取る」という方向で進めていくことにしました。
ワコー王子マンションの管理組合は、15年ほど前、区分所有の駐車場を買い取った際に管理組合法人格を取得しています。買い取った駐車場(7台分)は入居者に貸し出し、その収入を修繕積立金や管理費に組み入れているのです。そのため、今回も住戸を買い取ることにためらいはありませんでした。また、これも偶然ですが、2階の1住戸に空きが出ることがわかり、それを買い取って集会室にしようか、という話がちょうど進んでいたタイミングでもあったのです。701号室は、相続人と住戸買い取りという形で話を進めていくことができました。これに加え、601号室の居住者には管理組合が買い取った2階に移ってもらい、601号室を集会室にするという案で計画を進めることにしました。
通常、上階から下階に移動するのは敬遠される人が多いもの。そこで、管理組合では角部屋の採光の良い部屋であること等の条件を説明し、さらに内装改修費なども負担することにして説得したのです。結果的に601号室の住人は快諾してくれ、無事耐震改修工事を済ませることができました。その後601号室はコミュニティルームとして使用、701号室は賃貸に出しています。
最小限のコストで最大の結果を得た耐震工事。コミュニティルームも活用中!
耐震補強工事への対応は、説明会での説明以上にかなり大変なものでした。部屋の柱梁の側面に穴をつくり、穴へ接着薬液と共に鉄筋を入れて壁を補強するというものなので、平日の朝から夕方まで轟音が響き渡ります。601・701号室に隣接する住戸の方は、工事の時間には外出しなければならない状況でした。ただ、工事をしたのは2017年。東日本大震災や熊本地震を経た後で、住人全員に地震の恐ろしさが身に染みていて、耐震工事の重要度への理解があったので、大きなクレームなどはありませんでした。
修繕委員会では、工事にかかるコストに対しても最大限に工夫を凝らします。まず、緊急輸送道路に面している立地を生かし、耐震補強の助成金をもらうことができました。また、耐震補強工事と3回目の大規模修繕を同時に行うことで、足場にかかる費用なども節約できました。さらに、専有部分の窓は全て二重サッシに交換。省エネリフォームの補助金を受けることもできました。「自己負担金ゼロ」をモットーにしている修繕委員会の面目躍如です。
耐震補強工事後は、その後たびたび起こった小さな地震の際にも「以前に比べて安心できるようになったという声が多い」と修繕委員の秦野さんは言います。コミュニティルームとなった601号室は、理事会や修繕委員会、その他サークルの集会などにも活用されています。また、耐震基準を満たしたことで地震保険は割引になり、耐震補強後に住戸を売却した人は、購入時よりも高く売れたそうです。その後も修繕委員会では、修繕しなければいけない箇所を常に洗い出し、予算の中で適宜対策を打っています。経験と知見を積み上げた修繕委員会がある限り、マンションは安泰です。
- 建物名:ワコー王子マンション
- 所在地:東京都北区
- 階数 :11階建て
- 総戸数:173戸
- 竣工年:1979(昭和54)年
- 管理形態:全部委託
- 管理会社:(株)ジョイ・コミュニティ
- 総会開催:毎年5月
- 役員数 :13名
- 役員任期:1年(輪番制、うち3名がもう1年留任)