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弁護士 篠原みち子先生のマンション管理お役立ちコーナー

【相談事例 目次】

相談事例

前区分所有者が滞納した水道使用料を特定承継人に請求することはできますか。
当マンションの水道は、一括検針一括徴収方式※です。

※管理組合が親メーターにより水道料金を一括して水道局に支払い、各区分所有者にその使用量に応じた支払を請求する方式

篠原先生の回答

水道使用料を特定承継人に請求できるか否かについては、これまでいくつか判例がありますが、最近の判例から争点をみてみましょう。
前区分所有者が滞納した専有部分内の上下水道料金及び温水料金について、特定承継人に対して請求することができるとした、大阪地裁 平成21年7月24日の判決があります。この判例では、上下水や温水が専有部分で使用されるとしても、管理組合が使用料を立替え払いし、区分所有者に使用量に応じた支払を請求することを定めた規約は有効であり、上下水道料金及び温水料金は区分所有法第7条第1項の「規約に基づき他の区分所有者に対して有する債権」に該当するとしています。 したがって、上下水道料金及び温水料金は、区分所有法第8条により、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる、としました。
一方、専有部分の水道料金の支払い義務は特定承継すると定めた規約自体を無効とする、新たな判例もあります。
名古屋高裁 平成25年2月22日の判決です。この判例では、専有部分である各戸の水道料金は、特段の事情のない限り、各区分所有者が支払うべき額や支払方法、特定承継人に対する支払義務の承継を、管理組合の規約をもって定めることはできず、そのような規約は、規約としての効力を有しないものと解すべきであるとして、当該規定自体の有効性を否定しました。この名古屋高裁での判例では、「特段の事情」があったか否かが、ポイントの一つとして問われています。
管理組合として、同様の方式を採用している場合は、今後のトラブル防止の観点からも、水道料金等について、管理組合が建物全体の使用料を立て替えて支払った上で各区分所有者にその使用量に応じた支払を請求すること、またその支払義務は特定承継人にも及ぶ旨などを規約や細則で定めておくことが有効な方法と考えますが、「特段の事情」があったか否かによっても、判断が分かれることがあるため注意が必要でしょう。
なお、「特段の事情」が認められた先例としては、大阪高裁 平成20年4月16日判決の判例がありますが、無条件に認められるものではないので、慎重な対応が必要です。

【参考】

大阪高裁 平成20年4月16日  平20(ツ)7号 判決 pdf
<要旨>
マンション管理組合である被上告人が、同組合の管理に係るマンションの区分所有権等を特定承継(競売取得)した上告人に対し、建物の区分所有等に関する法律8条、7条1項に基づき、前区分所有者が滞納した水道料金等の支払を求めたところ、原審が、本件専有部分の特定承継人である上告人は水道料金等の支払義務を負う旨判示したため、上告人が上告した事案において、区分所有建物の管理組合が、建物の区分所有等に関する法律30条1項の規定に基づき各専有部分の水道料金等について規約で定めることができるのは、特段の事情がある場合に限られるとした上で、本件マンションにおける水道料金等に係る立替払とそれから生じた債権の請求は、各専有部分に設置された設備を維持、使用するためのライフラインの確保のため必要不可欠の行為であり、当該措置は建物の管理又は使用に関する事項として区分所有者全体に影響を及ぼすということができるから、被上告人の本件マンションの各区分所有者に対する各専有部分に係る水道料金等の支払請求権については、前記特段の事情があるというべきであって、規約事項とすることに妨げはなく、本件規約に基づく債権であると解することが相当であるとして、これと同旨の原審の判断を是認し上告を棄却した事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)
大阪地裁 平成21年7月24日  平20(ワ)10021号 判決 pdf
<要旨>
建区分所有建物について建物の区分所有等に関する法律3条に基づき構成された団体である原告が、元の区分所有者に対して有していた規約に基づく管理費等の債権について、区分所有者の特定承継人になった被告らに対し、同法8条に基づき、支払を求めた事案において、上下水や温泉が専有部分で使用されるとしても、管理組合が使用料を立替え払いし、区分所有者に使用量に応じた支払を請求することを定めた規約は有効であり、上下水道料金及び温水料金は同法7条1項の債権に該当し、原告は元の所有者に対して未払管理費等の支払を命じる判決を得ており、被告らは民法148条により時効中断の効力が及ぶ承継人に該当するから消滅時効を援用することができないとして、原告の請求を全部認容した事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)
名古屋高裁 平成25年2月22日  平24(ツ)7号 判決 pdf
<要旨>
競売によりマンションの一室の所有権を取得した上告人が、同マンションの管理組合である被上告人に支払った、前所有者の滞納していた駐車料金及び水道料金と所有権取得後の水道料金につき、不当利得返還請求権に基づき、それらの返還を求めたところ、原審が上告人の請求を棄却する第一審判決を相当としたことから、上告した事案において、専有部分である各戸の水道料金は、特段の事情のない限り、各区分所有者が支払うべき額や支払方法、特定承継人に対する支払義務の承継を区分所有者を構成員とする管理組合の規約をもって定めることはできず、そのような規約は、規約としての効力を有しないものと解すべきであるとして、原判決中、上告人の水道料金の支払に係る不当利得返還請求を棄却した部分を破棄し、同部分を原審に差戻した事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)

相談事例

一括検針一括徴収方式※の水道使用料滞納者に水道停止措置を行ってよいでしょうか。

※管理組合が親メーターにより水道料金を一括して水道局に支払い、各区分所有者にその使用量に応じた支払を請求する方式

篠原先生の回答

水道料金の滞納者に対し、制裁措置として水道停止することは、慎重に対処することが必要でしょう。
水道ではありませんが、管理費等の滞納者に対し給湯停止措置を行った管理者の行為が権利の乱用にあたり、不法行為になるとした判例があります(東京地裁 平成2年11月30日判決)。判例では、給湯停止の措置は、管理規約に基づくもので、あらかじめ管理費等の支払いを督促し、停止措置を警告のうえ行われたものであるが、給湯という日常生活に不可欠なサービスを止めるのは、管理費等の滞納問題について他に方法をとることが著しく困難であるか、実際上の効果がないような場合に限って認められるとしながらも、管理者として他に対応すべき方法があったにもかかわらず実行せず、また事務処理上のミスもあり、管理者の対応は適正を欠いたもので、給湯停止の措置は権利の乱用にあたり、不法行為になるとしました。この事件では、滞納者に対し給湯を停止するとする規約が無効か否かも争点になっていましたが、この点については、直ちに公序良俗に反し、又は自力救済と同視すべきものであるということはできないと、判示しています。
水道は、給湯より更に日常生活に重大な影響をもたらすライフラインであることを考えると、制裁措置として直ちに水道を停止することは避けるべきです。仮に、規約に「水道使用料を滞納した場合には水道を停止する」という定めがあったとしても、何度も支払うよう請求しても実際上の効果がなく、しかも他の方法をとることが著しく困難である場合には、最終警告において停止までの手続きと期間を十分考慮したうえで、慎重に対処することが必要ではないでしょうか。

【参考】

判例
東京地裁 平成2年1月30日 昭57(ワ)4046号 判決
<要旨>
マンション管理費の不払を理由として給湯を停止することは、権利の濫用に当り、不法行為を構成するとした事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)

相談事例

前区分所有者が滞納した専用庭使用料を特定承継人に請求することはできますか。

篠原先生の回答

前区分所有者が滞納した専用庭使用料について、特定承継人が責任を負うか否かについて、一つの参考判例として、東京地裁平成9年6月26日の判決があります。
この判例では、規約により専用使用権の存続期間が区分所有権存続中と定められていることと、専用使用権が設定された敷地の位置関係からすれば、その専用使用権はその区分所有権に付従する権利として区分所有権と一体的に譲渡されることが規約上予定されていることから、根抵当権実行としての競売による買受人(特定承継人)も前区分所有者が滞納した専用庭使用料の支払義務を負うとしています。
「専用庭使用料」や「ルーフバルコニー使用料」のように専有部分に付従する部分の使用料については、「規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して有する債権」として区分所有法第8条の債権にあたると解されますので、特定承継人に請求することができると考えられます。

【参考】

東京地裁 平成9年6月26日 平 8(ワ)22305号 判決
<要旨>
建物区分所有法八条に定める「特定承継人」には、根抵当権実行としての競売による買受人も当然包含するものと解された事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)

相談事例

前区分所有者が滞納した駐車場使用料を特定承継人に請求することはできますか。

篠原先生の回答

マンションの駐車場は、一般的に使用を希望する区分所有者と管理組合との「駐車場使用契約」に基づいて使用するものであり、専有部分の区分所有権と一体として譲渡されるものではありません。また、売買等で新たに区分所有者となった人(特定承継人)が、駐車場の使用を必要としない場合もあります。
専用庭使用料につき判決した相談事例③の東京地裁の事件では、前区分所有者が滞納した看板専用使用権の使用料も問題になりましたが、裁判所は、規約により看板の専用使用権の期間を契約によると規定していることからみて、区分所有者が看板を設置しないときは、専用使用権を有さないものとして看板使用料の支払をしなくてよいことが予定されているものと解されるとし、特定承継人の看板使用料の支払義務につき責任を負うと認めるに足りないと判示しました。この判例の考え方からすると、駐車場使用料については、特定承継人の支払義務はないように思えます。
しかし、別の事件で東京地裁は、管理組合が有する債権は管理組合の構成員である区分所有者全員が総有していること、また、規約に共用部分から発生する使用料は管理組合に帰属し、その使用料は管理に要する費用に充当されること、駐車場・駐輪場がいずれもマンションの共用部分に含まれ管理組合が区分所有者に対し別途契約により専用使用権を設定できること等が定められているとしたうえ、これらはいずれも「共用部分の管理に関する事項」にあたるとしました。そして、このような規約の定めは区分所有者及び特定承継人に対して効力を有し、規約に基づき他の区分所有者に対して有する債権にあたるというべきであって、滞納賃料の債権は、その債務者だけでなく、その特定承継人に対しても行使することができる、と判示しました(東京地裁 平成20年11月27日判決)。この事件の控訴審は、この判決を若干修正しましたが、地裁の判決と同様に特定承継人の責任を認めました。この判例は、規約に共用部分から発生する使用料の帰属先、充当先が明記され、また駐車場がマンションの共用部分に含まれ、契約等により専用使用権を設定できることなどが定められていることから、その使用料については、特定承継人に対しても行うことができると認められたケースです。この判例のみを根拠に、滞納した駐車場使用料は特定承継人に請求できると考えるのは、注意が必要です。
判例が分かれているように、滞納した駐車場使用料が特定承継できるか否かは断定できません。駐車場使用料は、管理組合との「駐車場使用契約」に基づき発生するものなので、『使用料を滞納した場合には、管理組合は使用契約自体を解除することができる』旨の内容を使用細則、駐車場使用契約等で定めておくとともに、滞納が発生した場合には、早めにその使用者から滞納分を回収するよう対処することが重要でしょう。

【参考】

判例
東京地裁 平成20年11月27日 平20(ワ)9871号 判決
<要旨>
マンションの管理組合である原告が、マンションの区分所有者が管理費、修繕積立金、駐車場賃料及び駐輪場賃料を滞納した後に同区分所有者から区分所有権を不動産競売により取得した被告及び本件訴訟継続中に被告からこれを買い受けた引受承継人の両名に対し、管理費及び修繕積立金の遅延損害金並びに駐車場及び駐輪場の各賃料とその遅延損害金の各支払を求めた事案において、本件駐車場賃料及び本件駐輪場賃料も、建物の区分所有等に関する法律8条所定の「債権」にあたり、また、被告は、本件区分所有建物を売却した後も、区分所有等に関する法律8条所定の「特定承継人」にあたり、本来の債務者と8条所定の特定承継人である被告及び引受承継人の債務は、相互に不真正連帯債務関係に立つと判断して、請求を認容した事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)

相談事例

管理費等の支払請求訴訟を提起し、管理組合勝訴の判決が確定しましたが、その後売買でその部屋を取得した 新区分所有者が、管理費等支払請求権の時効は5年という最高裁判決があるので、5年を超える滞納分は 支払わないと主張しています。 勝訴判決が確定しても、特定承継人は5年の時効を主張できるのですか。

篠原先生の回答

お話の通り、最高裁平成16年4月23日判決で、管理費等支払請求権の時効は5年とされました。
しかし、判決が確定した債権については、民法 第174条の2により、消滅時効の期間は判決確定のときから10年になります。また、時効中断の効力は、その中断の事由が生じた当事者だけでなくその承継人にも効力が生じるという民法第148条の規定があります。
大阪地判平成21年7月24日の判決では、この民法第148条の承継人の中には特定承継人も含まれると考えられていること、また確定判決は当事者の□頭弁論終結後の承継人にも効力を生ずるという民事訴訟法第115条1項3号の規定があり、この承継人も特定承継人が含まれると考えられることから、確定判決の時から10年経過するまでに特定承継人が現われた場合は、その特定承継人は前区分所有者の滞納分につき支払義務を負う、と判示しました。 したがって、この判例の考え方に従えば、判決が確定した滞納分については、管理費等支払請求権の本来の時効である5年の時効を主張できないことになります。
この判例は、区分所有法第8条による特定承継人の責任は、前区分所有者の債務と同一の債務の重畳的引受※を法定したものであるという考え方、及び前区分所有者の債務と特定承継人の債務の関係は不真正連帯債務※の関係にあるとの考え方からは疑問視されていますが、管理組合としてはこの判例の考え方に立って行動した方がよいでしょう。
※重畳的引受        :旧債務者が債務を免れることなく、引受人(新債務者)も同一内容の債務を負う連帯債務の引受方式
※不真正連帯債務 :各債務者が全額についての義務を負うが、債務者間に緊密な関係がなく、弁済及びこれと同視し得る事由を
                               除いて、一債務者に生じた事由が他の債務者に影響しない債務

【参考】

判例
最高裁 平成16年 4月23日 平14(受)248号 判決
<要旨>
管理費等の債権は、管理規約の規定に基づいて、区分所有者に対して発生するものであり、その具体的な額は総会の決議によって確定し、月ごとに所定の方法で支払われるものである。このような管理費等の債権は、基本権たる定期金債権から派生する支分権として、民法169条所定の債権に当たるものというべきであるとして、5年の時効の成立を認めた事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)
大阪地裁 平成21年7月24日 平20(ワ)10021号 ・ 平20(ワ)16059号 判決
<要旨>
区分所有建物について建物の区分所有等に関する法律3条に基づき構成された団体である原告が、元の区分所有者に対して有していた規約に基づく管理費等の債権について、区分所有者の特定承継人になった被告らに対し、同法8条に基づき、支払を求めた事案において、上下水や温泉が専有部分で使用されるとしても、管理組合が使用料を立替え払いし、区分所有者に使用量に応じた支払を請求することを定めた規約は有効であり、上下水道料金及び温水料金は同法7条1項の債権に該当し、原告は元の所有者に対して未払管理費等の支払を命じる判決を得ており、被告らは民法148条により時効中断の効力が及ぶ承継人に該当するから消滅時効を援用することができないとして、原告の請求を全部認容した事例。
(出典:ウエストロー・ジャパン)