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  • 2010年秋号

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マンションの共用部分は、マンションの顔であり第一印象を決める重要な部分。老朽化や汚れ、破損などが目立てば建物全体の価値を落としてしまいます。しかし、場当たり的リフォームを繰り返すのも考えものです。マンションの価値を維持し、誰もが住みたくなるようなリフォームについて解説しましょう。

◆共用玄関に安らぎを

共用部分の中でも共用玄関(エントランスホール)はマンション全体の顔でありこの部分の建築的な改善はマンションの価値を向上させるうえで非常に重要なポイントとなります。また、エントランスホールとは住人にとって日常的に目にする場所であるばかりでなく、帰宅の際には我が家へ帰ってきてホッと精神状態をリラックスモードに切り替える社会と安らぎの環境を分かつ結界のような場所でもあります。このエントランスホールリノベーション。いくつかの事例をご紹介しながら、リノベーション成功のポイントを解説します。

◆「エントランスホールは明るく」とは限らない

まずは最も費用対効果が大きい照明計画の改善について。築年数の古いマンションは「薄暗い玄関」という問題点を抱えていることが多く、現場に伺うと昼間に薄暗さを感じる玄関が多いものです。

一般的に空間の明るさは、様々な光源から得られる総合的な光の量を特定の面で測定する「照度」という数値で表されます。照明計画の大幅な変更を施す場合、照度計算をしっかりと行うことは必須条件。ではどの程度の照度がエントランスホールには適当なのでしょうか? 「暗い」ことが問題ならば「明るく」、つまり空間全体の照度を高くすればよいのかというと、実はそう簡単な話ではありません。通常そのような明るい照明計画とは機能を優先する場所に施されます。

病院、学校、オフィスなどが典型的な例。単純に空間全体の照度を上げてしまうと機能性は高まるものの、住宅には欠かせない「落ち着き」という感覚は失われ殺伐とした空間となってしまいます。

マンションのエントランスホールに必要な照明計画とは、照度を高くすることではなく、いかに住人を帰宅時に「安らかな気持ちにさせるか」ということです。そのためには照明の色温度を低く(暖色に)設定し、明るい場所と暗い場所のメリハリをつけることがコツです。そして明るくする場所は明確な目的をもって明るくする、ということが大切。

明るくすべき場所とは空間の中で特定の機能を持った場所。玄関扉前とそこに至る道筋、建物サイン、集合玄関器、建物内部にあってはエレベーター前や途中に存在するラウンジ、飾棚と人の動線。それ以外の部分は極端な話暗くても構わないのです。大抵それ以外の場所には天井裏の点検口や、壁の消火設備、MDF(木質ボードの一種)の扉など、見えるとあまり美しくないものが多いからです。明るい場所と暗い場所のメリハリをつけ、見せたいものを際立たせ、それ以外を闇に葬り去りましょう。

もう一点大事なことは、エントランスホールの照明は夜より昼を明るく、という原則です。意外にこの原則が守られず、昼夜あべこべのケースが多く見られます。外の太陽光の明るさの中から建物に入ってきた人は人工照明に照らされた玄関を「暗い」と感じます。外部廊下や建物へのアプローチは夜間のみセンサーで点灯する設定になっていてよいのですが、エントランスホールはその反対で、外部が明るくなるとセンサーで点灯される照明を導入するとよいでしょう。

◆「奥の細道?」がキーワード

マンションとは一般的に新築の際、可能な限り売り床、貸し床面積を増やすべく共用部分を必要最小限に計画されます。つまり共用玄関とは、高級マンションでない限り、狭さという宿命を背負っています。これは仕方ないのですが、その狭いナケナシの環境に大抵のケースで間違った状況が生じています。狭いにもかかわらずやってしまった「何でも盛り込み」の内装です。風除室、折上げ天井、飾棚にシャンデリア、等々…。これだけの要素がエントランスホールに存在していれば、それらが調和をもって存在することはほぼ不可能でしょう。おまけに前述の煌こ うこう々と明る過ぎる照明とセットになった日には、見せたくない設備関連の扉達まで露あ らわになり、共用玄関内の要素はコントロール不能となり、混沌とした状況になります。

そこでやるべきことは何か? それは要素を切り詰めること、抽象化することです。俳人の気持ちになり、表現対象を明確にし、五、七、五の俳句を詠むように簡潔さを心掛けること。表現の対象はその空間の主体のことです。扉なのか飾棚なのか、壁の素材感なのか。狭い空間に主体は一つで十分です。そして空間には「奥行き感」を与えること。人を導き入れる動線に従って壁面を連続させる、照明を連続させるのです。狭い環境ゆえに、広がりが演出できないのであれば、グレード感向上のために採れる手段はこの「奥行き感」のみです。先斗町路地裏の茶店に通じる行あ んどん灯に照らされた路地のような落ち着きを目指しましょう。

キーワードを「奥の細道」としたのはいささか無理があるでしょうか。ご理解いただけたでしょうか。機能を付加すれども目立たせず、「引き算」のデザインを心掛け、落ち着きのある照明で奥行き感を演出する。これぞマンション共用玄関デザインの王道です。

★注意点
国交省が策定した「防犯に配慮した共同住宅に係る設計指針」(平成18年4月改正)では、「共用玄関の照明設備は、その内側の床面において概ね50ルクス以上、その外側の床面において、極端な明暗が生じないよう配慮しつつ、概ね20ルクス以上の平均水平面照度をそれぞれ確保することができるものとする。」とされています。
Profile
大島 芳彦(Yoshihiko Oshima)
[ブルースタジオ専務取締役]
建築家、建築コンサルタント
1970 年東京生まれ。93 年武蔵野美術大学卒業後海外で建築を学び、2000年ブルースタジオ取締役に就任。リノベーションをメインに、消費者のライフスタイルニーズに合致した住まいやオフィス空間を多数プロデュースし、WEB サイトを通じて消費者へ提供するまでに関わっている。
「ラティス青山」「ラティス芝浦」「モーフ青山」でグッドデザイン賞受賞。